待降節第1主日(2021年11月28日)のお説教です。
(ルカによる福音書 21:25-28,34-35)
先週、ある中高等学校の中高生に「命」についてのお話をしてきました。コウノドリという周産期医療をテーマにしたドラマから考えてもらいました。舞台となっていたのは神奈川こども医療センターです。こちらには生まれたばかりの赤ちゃんのための集中治療室があります。一つ一つの出産、新しい命の誕生は奇跡です。500グラム以下で生まれた赤ちゃんが成長して普通の学校に通えるようになることもあります。生まれた赤ちゃんはみんな成長するように思ってるかもしれません。でも、お母さんのお腹からやっと出てきて、嬉しい対面をしても、数時間で亡くなる赤ちゃんもいます。私がコウノドリに関心を持ったきっかけも、生まれて5日目で天に還っていった結希ちゃんでした。日本の乳児死亡率は世界で一番低いですが、それでも20人に一人の赤ちゃんが家には帰れずにNICUで生涯を終えています。
中高生へのお話を全部紹介することはできませんが「私たちにできること」の中から2つお話をします。ちょっとした心遣いが、大切な赤ちゃんを亡くされたご家族を励ますことがあります。
赤ちゃんが亡くなってから1年後、あるご夫婦が「いろいろなところに連れて行ってあげたい」と、写真とお骨をバッグに入れて出かけました。ディズニーランドでのこと。レストランで夫婦2人分の食事に、プラスお子様セットを注文しました。テーブルの上に息子の写真立てを置いて食事をしていたら、女性の従業員が優しい声でこう言ってくれました。「3人で写真を撮りましょうか」息子の存在を認めてもらった気がして本当に嬉しかった。
ハワイ旅行でANAを利用した時には、離陸しようとする機内で、息子の写真を握りしめながら「一緒に連れてきてあげられなかったと」涙がこみ上げてきました。しばらくして、1人の客室乗務員が席に来て「失礼ですけど、ちょっとお話、いいですか?」と話しかけてきました。礼子さん(仮称)が「子どもを亡くしたんです」と明かすと、その客室乗務員は涙を流して聞いてくれました。
機内で翌朝、目を覚ますと、飛行機内のおもちゃを全部集めたように思えるほどのたくさんのおもちゃとポストカードに乗務員一同から一言ずつメッセージが書かれた寄せ書きが置かれていました。朝食の時は夫婦の分の他に「お子さまの分です」と、子どもの離乳食も運ばれてきました。
3人で旅行ができ、思い出が増えたことが本当に嬉しかったです。そして、人の温かさに触れて、ハッと思いました。これまでにも、自分たちの隣や後ろには、このように思いやりを持って関わってくれた人がいたかもしれない。世の中にはいろんな事情な方がいる。自分たちもそういう人に寄り添えるようになりたい、と思っています。
子どもを亡くした人に手を差し伸べることができるのは、身近な人だけではない。誰もが、優しい想像力を持つことで、悲しみをほぐすことができます。
「いつも目をさまして祈りなさい」と聖書にありますが、今のお話がヒントをくれます。何か特別なことをするのではなくて、出会ったところで想像力を働かせて、悲しみに寄り添う。そうできたら、終末に何が襲いかかっても心配はいらないし、イエス様が再び来られる時にも、神様の国に迎え入れてくださるでしょう。
「いつも目覚めて祈っている」とは、裁きに怯えているのではなく、出会った人に優しく関わること。そのイメージを持って待降節を始めましょう。
参考文献:
「NICU命の授業: 小さな命を守る最前線の現場から」(豊島 勝昭 著、赤ちゃんとママ社) 一部表現を変えています。
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